なぜ ClearNets は小さなサービスを作るのか
スタートアップの世界では「大きな課題を解決する」ことが美徳とされます。しかし ClearNets は、あえて反対の道を選びました。日常の小さな不便を、丁寧に解決することに集中しています。本記事では、その戦略選択の意味と、実践 3 年で見えてきた具体的な判断基準を整理します。
1. 大きな課題を解決するのは、私たちには荷が重い
気候変動、途上国の教育、医療アクセス — これらは重要な課題です。でも、私たち少人数チームが、 限られた資本で、これらを本気で解決できるかというと、正直難しいと感じています。無理に大きな 課題を掲げても、実行が伴わないなら、それは自己欺瞞になります。
一方、「飲食店のスタッフさんにチップを送りたいけど現金を持っていない」「毎日の習慣を続けたい」 「家族の見守りを負担なく続けたい」といった課題は、私たちにも解決できます。実際、私たちの Merci、Kotsukotsu、Paircon はそれらを解決するために作られました。
2. 「対象が少ない小さいサービス」と「大勢の小さな不便を解決するサービス」の違い
ここで大事な区別があります。「対象ユーザーが少ない小さいサービス」と、「大勢のユーザーの 小さな不便を解決するサービス」は、まったく別ものです。私たちが目指しているのは後者です。
例えば Merci は、飲食店のスタッフさんという相当数の対象者がいます。「感謝を送りたいけど 現金がない」という不便は、一人ひとりにとっては小さくても、母数が大きいので、社会全体としては 相当な意味を持ちます。「1 億人の 1 mm の改善」は、「10 万人の 100 cm の改善」より 大きな価値になり得ます。
3. 「小さな課題」の選定基準 (3 条件)
すべての小さな課題が事業になるわけではありません。ClearNets が実際にプロダクト化するとき、 以下の 3 条件を満たすかを確認しています。
- 母数の大きさ: 対象者が数万人〜数百万人以上いること。ニッチすぎるとリテンションでは強くても 事業として成立しない。
- 既存代替の摩擦: 「今もできるけど面倒」な状態。ゼロから需要を作るのではなく、証明済みの需要をデジタル優位で置き換える方が獲得効率が高い。
- 私たちの独自資産で 3 ヶ月以内に MVP: 既存の Web スタック (Next.js + Neon + Stripe + Vercel) で作れるかどうか。作れないなら見送り。
この 3 条件で 5-10 個の候補を評価し、通過したものだけ着手します。実際に落とした候補は 「toC AI 画像生成」「地方物産 EC」「学生向け SNS」など多数。母数か摩擦か独自資産の いずれかが足りないため。
4. 「大きく賭けない」戦略のメリット 4 点
大手 VC が投資するような「10 年で 100 倍」を狙うスタートアップとは対照的に、ClearNets は 「3 年で 5-10 倍」を狙う戦略です。この戦略のメリットは以下の通り。
- 継続可能性: 数億円を調達して 3 年で消えるサービスより、少額の売上で 10 年続くサービスの方が、ユーザーへの価値が大きい。
- ピボット可能: 大きな組織を持たないので、需要検証で外れたら 1 ヶ月で 畳んで次に集中できる。
- 実験の連鎖: 1 プロダクトが失敗しても、そこで得た知見 (Stripe Connect 実装、Supabase パターン、SEO エンジン) は次に流用できる。
- 意思決定が速い: 会議・承認・レビューの層がないので、朝決めて夜デプロイ できる。
5. デメリット (正直に)
逆に、この戦略の弱みも正直に書いておきます。
- 爆発的な成長は起きない: 1 兆円 exit は起こらない。
- 優秀な人材の獲得が難しい: 「世界を変える」ビジョンより「小さな課題を 丁寧に」の方が採用市場では地味に映る。
- プラットフォーム勢に食われる可能性: 大手が同じ領域に参入した時、機能で 太刀打ちできない。→ 対策として「大手が入りにくい制約領域 (未成年対応・親公認・和モダン)」 にポジションを取る。
6. 具体例: Merci での判断
Merci は「飲食店スタッフへのチップをキャッシュレスで」というアイデアから始まりました。 3 条件を確認した結果:
- 母数: 日本の飲食店 60 万件・スタッフ 400 万人以上 ✅
- 既存代替の摩擦: LINE Pay / PayPay で送れるが「知り合いでないと送れない」 「アプリを開かせる摩擦」がある ✅
- 独自資産で 3 ヶ月 MVP: Stripe Connect + Next.js で 2 ヶ月で MVP ✅
通過したので着手し、2026 年 7 月に初回チップの end-to-end 検証を完了しました。以後は 店舗獲得と GTM の段階です。
7. 撤退判断の基準
小さなサービスであっても、撤退基準を明文化しておかないとサンクコストで判断を誤ります。 ClearNets での撤退基準は以下:
- MVP 公開後 3 ヶ月で「有償ユーザーが 1 桁」なら方向転換 or 撤退
- Cloud 固定費がユーザー価値を継続的に上回るなら撤退 (scale-to-zero 化してから判断)
- ユーザーインタビューで「なくても困らない」が続くなら方向転換
実際に Kotodama では 2026 年 8 月に scale-to-zero 化を判断しました。 ユーザー数はゼロではないが、Cloud Run + 3 LLM の固定費が売上を上回っていたため、需要が 戻るまで凍結。「畳む勇気」も戦略の一部です。
8. FAQ
Q. 小さなサービスで生活できるんですか?
A. 単体では厳しい場合が多いです。ClearNets は複数プロダクトでリスク分散しており、 Merci + Kotsukotsu + 家族おでかけ + AdSense 収入の合算で成り立たせる設計です。 単一プロダクトで生活を賭けると意思決定が歪みます。
Q. VC 投資は受けないのですか?
A. 現時点では受けていません。VC 投資は「10 倍成長」の圧力を伴うので、私たちの 戦略とは相性が悪いです。将来的に単一プロダクトで大きく賭けるフェーズがあれば 検討する可能性はあります。
Q. 大手プラットフォームに真似されたらどうしますか?
A. まず「大手が入りにくい領域」を意識的に選んでいます (例: 未成年ファースト、和モダン、 地方特化)。それでも真似されたら、機能ではなく「深いユーザー理解」で戦います。 少人数チームは意思決定が速いので、大手が動く前に 3 手先に進めることができます。
Q. 「小さい」で終わらないのですか?
A. 「大きくならないと意味がない」という価値観に縛られなければ、小さいまま長く続く こと自体が意味を持ちます。10 年後にも同じ店舗さんに使ってもらえるサービスがあれば、 それは十分な成果です。
9. 結論
大きな課題を解決することを否定しているわけではありません。私たちには荷が重い、というだけ です。私たちは、私たちができることを、丁寧に続けます。それが結果的に、多くの人の日常を 少しだけ良くすることを願っています。
「小さなサービスを丁寧に」は、資本主義の主流ではありません。でも、選択肢としては 依然として有効です。同じ道を歩みたい方の参考になれば嬉しいです。